第5章 蛋白石の下準備
私のような混血種の転生とは厄介なもので、突然に同じ存在になり得たはずの存在の魂に宿り、目覚めるという事が稀に起こる。
私が経験するのは二度目のこと。
僅か二歳手前の赤子の魂に宿り、そして中途半端に無理矢理転生をしたせいか、因果応報と言うのか…私の項には突然、銃痕が出来ていた。
そうして、二歳にして私は前世の記憶を取り戻したのだ。
頭の中にあったのはあの存在と、綺麗な少年…今じゃ私よりも年上か。
確かあそこは横浜だったはずだ、それならば…話し声を聞き取る限り、白波家であればそう遠くなかったはず。
関東程度の面積の県くらいなら、海沿いを泳げばすぐにたどり着ける。
相も変わらず家族との確執というものはあり、軟禁状態にさえあったのだが、狐の能力で化かしてしまえば難なく外へ出ることが出来た。
あとはこれだけ生の記憶を受け継いでいるせいで、鍵を外すのが得意にさえなってしまっていたのだから、拘束されるくらいなら造作もなく抜け出せる。
体も成長し、一人で歩いて、言葉を話せるようになって字が書けるようになって…ただ記憶の中にあった“彼”を神のように、崇拝するように追って、小学生になるより前には一人で実家を抜け出すようになっていた。
家族も私には興味が無いし、見合いの時や何かの表彰の際くらいしか、私と会う機会も無かった。
私には、家族と呼んでいいと思える人間が概ね存在していなかったのだ。
求める存在は、いつの間にか肥大していた自分自身の神様だけ。
そして、見つけた…否、見つかった。
荒く抉れ、地形の変わったその地で。
十歳前後の、あの時の少年に。
「お、ま……、…人魚、…?」
『!!、…?……怖く、ないの…?』
まさか先に私の方が見つけられるだなんて思わなくて、思わず口にできた言葉はそんなもの。
この見た目を、恐れないのだろうか。
この目の色を、怖がらないのだろうか。
「…怖くなんかねえよ、俺は男だからな。……けど、綺麗だ…月夜によく映える」
フードを外した少年の瞳は吸い込まれそうな程に透明で、真っ直ぐで。
私はすぐに、彼に引き込まれていってしまった。
彼という人を知りもしないのに、変なの。
「お前、名前は?…俺は、中原中也」
『…海音。白波、海音っていうの…中也君はここに住んでるの?』
「中也君て、……お、おう。お前は?」
『私は東京の方』