第5章 蛋白石の下準備
皮肉なことにも私の名前が書かれた弾幕によって生き延びたらしい彼は、大人しくヘリを退散させて正面の出入口から入ってきた。
ここまでくると一周回って健気に見えてきた、疲れてんのかな私。
「リアちゃん、あれ死ぬから…普通死ぬから」
『死んで欲しくてつい…ごめんなさい』
「素直だね!?可愛いから許すよ!!?」
『で、何。婚約の件ならとっくに破綻してるでしょう?聞いてないんですか、私の事…知ってるからリアって呼んでるんでしょ』
彼…マーク・トウェイン君とは何度か顔を合わせたことがある。
彼の家の父親にあたる人がコレクターで、うちのお得意様でもあり、おかげさまで海外にまでそのブランド名が響き渡るようになったほど。
そしてそこの兄弟の四男目ことこの人がいたく私を気に入ったらしく、親としても存在自体を持て余していた私を最大限に生かそうとしたのがそこだった。
逆に言えば、マーク君からの愛情自体は本物で、ただただ純粋なものなのだが。
『悪いけど私、今お付き合いしてる人いるのよね。モンゴメリちゃんに聞いてない?』
「聞いたから顔見に来た!結婚しよう?」
『話聞かないわよね本当に』
「だって僕の方が君のこと愛してる自信あるんだから、当然っしょ?」
本当に当然のようにして言い切ってしまってくれた。
…そういう感情に欠落していた私にそこまで言うのか、この人は。
悪い人じゃ…ないんだけどな。
当時は満更でもなく好きな部類の人だったし、今でも彼に対して嫌な感情を持ってはいない。
『よく回る舌ね…でもごめん。私…好きな人、できたから』
「!!…本当に?それは、喜ばしいことだ……まあそれはそれなんだけどさ。…せめてその交際相手とやら、僕には知る権利があるんじやない?」
『……というと?』
「下手な奴に君のこと任せられないじゃん。正直僕は反対だけど?君が認めるような男だし??あの君が好きだなんてことを言うようになるような奴は?気にもなるよね」
相当悔しいのか、嫌味ったらしい言い方だ。
相変わらず素直というか、真っ直ぐというか。
「あ、私もその交際相手とやらには恨みがあるんだ〜…どう?組合の職人君。一緒に殴り込みに行かないかい?」
「おっ、話のわかりそうな人じゃない。行こう行こう!僕トウェイン、よろしく」
「太宰治だよ、よろしくね」
…妙なタッグが結成された。