第3章 誰そ彼時のエンジェルイヤリング
『わ、た…し……寝れない、の…に……そこ、いてくれるのに黙ってなんて、言われても…』
「…なんでそんなに真に受けんだよ、冗談とまではいかねえけど、話すくらいのことしても怒らねぇのに」
『人前であんまり喋っちゃいけないって言い聞かされて育ったの。…それが変なんだって、教わったのが何年か前』
彼女の声に耳を貸す。
格式高い名家のお嬢様はどんな教育をされているんだ、いったい。
『………だから、わかんなくて』
「…喋っちゃいけないって思っちまった?」
聞けば、顔を布団に埋めてコク、と頷かれる。
とんだ洗脳じゃねえか、こんなの。
両親というものがどういうものかは知らないが、そんな奴らに育てられるくらいならば俺は孤独を選ぶだろう。
どの道そんな家じゃあ孤独も同然なのだから。
そこまで考えて、ふと気がついた。
「お前………、そうか。会話してたら、安心するのか」
自分の話を聞いてもらえる、そしてそれに返してもらえる。
それはつまり、やり取りであって、一人では決してできないこと。
それが…恐らくこの子供には、なかったのだろう。
発信できない気持ちを押し殺して、一方的に言われるままに従ってきたのだろう。
心を通わせるという行為に、飢えているのだろう。
孤独、だったのだ。
『…知んない、そういうの』
「……俺が仕事してるから、話しかけるのに抵抗あった…のもあるだろうけど、それしか口実に使えると思わなかったのか?」
『!…』
反応がないところを見ると、気付いていないだけで図星だったのかもしれない。
こりゃ悪いことしたな、全然俺からしてみりゃ嫌なことなんてないのに。
「口実なんかなくっても、話したいって言われりゃ話すし…仕事してんのが嫌なら、プライベートでくらいそう言えばいい。構うくらいのこと朝飯前だ」
『…話しかけて欲しくないんじゃ、ないの』
「なわけあるかよ、それならとっくに別室で仕事してる」
『え…、あ……』
ようやく、納得してくれたらしい。
思考が読めるなら、心の声が聴こえるなら、そんなに怯えなくてもいいはずなのに
彼女なりの誠実さなのだろう、俺の心を無闇に読まないようにしているのは。
「…話、する?」
『…うん』
「よし、分かった。…じゃ、少し手伝ってもらおうかな。お前がいた方が早く終わるみたいだし」
『!!!う、うん…っ』