第3章 鷹が動く
「もちろん、わざとあの程度の傷にした。この島で何回か海賊を追い返しているが、どれも同じようにしている。殺さないためにね」
「殺さずして海賊を追い返すことは、立派な実力の証明になる」
「その通り、私は強いだろう。鷹の目、と言ったか。あんたには敵わないだろうが、今この軍艦にいる海兵を皆殺しにすることは容易い」
物騒な例え話に、ほぅ、とミホークが楽し気に口端を上げた。是非とも見てみたい、という感想は、冗談じゃないというつるの視線に黙殺された。
「殺すことは容易い。だが私は人間を殺すことを掟で禁じられている。血の掟だ。たとえ世界が変わっても、その掟は骨の髄まで染みていて、到底抗うことは出来ない。掟を破れば私は、人間ではなくなる。ただのバケモノさ。銀眼の魔女だなんだとと呼ばれているが、私はバケモノになんかなりたくはない、人間として死にたいんだ」
この世界には「生死を問わず」と書かれた手配書が星の数ほどあるくらいだ。海兵になれば海賊を捕らえるだけでなく、殺すことだってあるだろう。最悪、民間人を巻き込む可能性だってある。幼い頃から叩き込まれた血の掟が、ナマエにそれを許しはしない。
しかしナマエは異世界の人間で、掟もまた異世界のものである。今その掟を破ったからといって、ナマエを裁くものは一人もいないのだ。
「それで納得するとでも?」
つるの冷たい一言に、ナマエは首を横に振る。異世界から来たことすら完全に信じていないつるに、通用するとは思っていない。これはナマエの心の問題だからだ。
「人を殺せば、同じく大剣を背負った仲間の戦士が私の首を撥ねに来る。粛清されるんだ。でも今は、誰かを殺しても粛清されることはない。だが、確実に私の心は死ぬ。人間としての私は死ぬんだ」
「ナマエの事情を汲んでやりたいのは山々だけどね、こっちの事情の方が大事なのさ。あんたの様な力を持つ者を、野放しになんて出来っこない」
「ふっ、本音が出たなつる中将。危険因子は海軍の監視下に置くか、排除するかの二択ってわけだ」
「理解が早くて何よりだ。言っておくけど、私はあんたを消したくはない」
「ご心配ありがとう。でも海兵にはならないし、大人しく消されたくもない。鷹の目が厄介だが、ここから逃げる自信はある。足は速い方なんだ」