第35章 のんびり屋の恋 〔鬚切/R18〕
その姿に膝丸は呆然とする。
おっとりのんびりマイペースな兄者が、何とまぁ主が好きだと言う。
以前の主たちにはなんら感情は持たず、ただの刀として人を斬ってきた己たちが、誰かに対し特別な感情を持つということすら、これからも有り得ないと思っていたのに、その壁を鬚切は何も考えずに乗り越えてしまった。
驚いたまま膝丸は鬚切に言う。
「兄者…それで主は何と…」
「いや、何も聞いていない。困らせてしまったようで、ぼくもどうして良いかわからなくなってしまって、その場を去ってしまったんだ」
「…もっと事態をややこしくしていそうだな、兄者…」
思わず本音を漏らす膝丸に、鬚切は困った表情を見せる。
「まぁそう言われてしまうと、何も言えないなぁ。どうすれば良いかな、とげ丸?」
名前をまた間違われ、更に相談されても自分ではどう答えていいものかわからない膝丸は、突拍子もない事を鬚切に言ってしまう。
「兄者がその…主にキスしても主は抵抗しなかったのなら、主も兄者に対し悪いとは思っていないのだろうから、いっそのこと夜這いでもしてそのまま自分のものにしてしまってはどうだろう」
そして膝丸は思い出したように続ける。
「確か初期刀の加州清光が、何度も主に言い寄っていたっけ。初めての相手は自分を選んでくれ、と」
それを聞いた途端、鬚切の持つのんびりした空気がぴり、とごく小さく変化する。
「そういえば…そんな事、言ってたね…」