第34章 誰も知らぬ過去 〔不知火空抄〕
何が起きたかわからなかった。
ぼくが彼の手から滑り落ち、ぼくは彼に拾われる事なく、彼は静かに鬼の前に倒れる。
起きて、起きて、起きて。
ぼくを拾って、ぼくを握って、ぼくを振るって。
ぼくの声は彼に届かない…考えたくなかった事が目の前で、ぼくの目の前で起きている。
ねぇ、起きて、ぼくを持って!ぼくが鬼を斬るから!叫んでも声は届かない。
数刻して闘いが終わり、ぼくを相棒と呼んでくれた彼はぼくを二度と手にする事はなく、ぼくはあのお面を付けた刀工の許へ戻された。
そして鍔を取り外され、何の模様も無い鍔を代わりに付けられ、ぼくは刀置きに置かれるだけとなった。
それから、ぼくは誰からも使われる事もなく、静かに時は過ぎていき、いつしか鬼はいなくなってようで、ぼくを使っていた不思議な隊員たちもいなくなっていた。
朽ち果てるように朽ち果てた家屋に置き去りにされていたぼくを見付けたのは、時の政府と呼ばれる、鬼退治をしていた人たちとは違う人たちだった。
「こんなところに置きっぱなしになっていたとは…」
ぼくを見付けに来たヒトが驚いたように口を開き、埃だらけのぼくを手にするとぼくを鞘から抜いた。
「錆びているせいか…真っ黒だな…」
誰からも手入れをされる事なく時を経ているぼくは、すっかり錆びて黒くなっていたんだ。
「これ、何ていう刀だ?」
ぼくを鞘から抜いたヒトがもう一人に問うと、そのヒトは何やら取り出し、使い出した。