第34章 誰も知らぬ過去 〔不知火空抄〕
ごく短い期間だった大正時代に、密やかにそれは存在していた。
「…鬼?それも人を食べる鬼…ですか…」
訝し気にまゆをひそめる主はまだまだ若い。
ぼくの言っている事なんて事実と思っていないのかもしれない。
「信じられないだろうけれど事実だよ。あの時代、密かに鬼はいたんだ。そして人知れず、命を掛けて鬼と闘う人たちも存在したんだ」
ぼくの名は不知火空抄(しらぬいくうしょう)。
江戸時代に作られた打刀で、この名がついたのは作ったのが不知火さんという刀工。
聞いた事が無いのは当然かもしれない。
ぼく以外に刀を作る事なく、病で死んでしまった人だからね。
その不知火さんがぼくを作り始める前に神棚に手を合わせたら、何故か棚に置いてあった写経の写しが落ちてきて、それで空から抜き書きしたものが落ちてきた、で、空抄、と思いついたらしい。
名前だけ先に考えてぼくが作られたって何だか笑い話しみたいでしょう。
とにかく、ぼくは刀として作られたのだけど、普通刀って最終的に研ぐと光輝くはずなのに、ぼくは磨いても何故か黒いままだったんだ。
錆びて黒いのではなく、磨いても黒いのはどうも使われた材質のせいらしいと気付いたのはそれからずっと後。
刃が黒いものの光っている、そんなぼくを見に来た人が言ったから。
そんな駄作、よけりゃあ差し上げますぜ、そう、刀工の不知火さんは見に来た人に言って、ただ同然の金額でその人に引き取られたんだ。