第34章 誰も知らぬ過去 〔不知火空抄〕
ぼくには他の男士とは違う記憶が有る。
普通の刀として過ごしていない部分が有るのだ。
他の男士が知らないぼくの過去、聞いてもらっても良いだろうか?
ある日、審神者の許へやって来た男士、正座をして真面目な顔をして何を言うのかと思ったら、他の男士と違う。他の男士が知らない過去を持っているという。
例えそれが人斬りとしての生き様でも、それが貴方という刀の生存意義ならば、どんな過去でも良いのですよ、と審神者はゆったりと微笑んでぼくに言った。
ああ、良いヒトだな、とぼくはその時、この審神者の許へ顕現されて良かった、と思った。
そしてぼくは、自分の、他の男士の知らない過去を話し出した。
その時代は、令和と呼ばれる審神者がやって来た時代から少しさかのぼる、大正と呼ばれた短い時代の事。
その前の明治の時代になって廃刀令が施行され、腰に刀を挿すのが禁止された事から、刀剣は使うものから美術品に変わりゆく頃だった。
その大正時代、ごく一部の人しか知らない事実が有ったんだ。
主がこどもの頃、学校とやらで習う歴史の教科書にも載っていない、隠された事実。
世の中に鬼と呼ばれるヒトを食する邪悪な存在がいて、その鬼を命を掛けて倒す人たちがいて、ぼくは一時その鬼を倒す刀になっていた事があるんだ。
聞いた事の無い歴史にまゆをひそめる審神者に、その刀剣は小さく笑みを浮かべる。
「信じられないだろうね。でもそういうおとぎ話のような隠蔽された事実があったんだよ」
そう言って、その刀剣は自嘲気味に笑った。