第10章 魔女と炎
人間の心理とは不思議なもので
押すなと言われれば押したくなる
開けるなと言われれば開けたくなる
探すなと言われれば探したくなる
【上手く逃げろ】と彼女は言った。
しかし
遠い過去の恩人に似た彼女を見捨てるような真似は僕にはできない。
ただ、似ているというだけなのに
アイリッシュが咲哉だとう確信はないのに
不思議だ・・・。
本能がそうさせているのかもしれない。
「アイリッシュを探しに行くわ」
どうやらベルモットも彼女の命令には従わないようだ。
二手に分かれてアイリッシュを探す。
手がかりと言えば
無線から周囲の雑音が聞こえなかったことくらい。
大勢の人々が密集しているこの会場ではないことは確かだ。
会場を出て
人気のない方へ足を進めた。
果たして僕は
彼女を見つけたらどうする気なのだろう・・・
組織の重要人物として確保し、公安へ連れて行くのか?
監視しながら、もうしばらく泳がせるのか?
心の隙間に入れ込み組織壊滅のために利用するのか?
答えの出ない自問自答が続く
そんな中、異変に気付いた
「なんだ?この臭いは・・・」
微かに鼻を突く焦げた臭い
辺りを見回すとある方向から煙が漂ってきている。
「火災か!?」
まさか、事故に見せかけて殺 すためにアイリッシュが火を?
この建物は古い木造建築
廊下の照明は建物の深部に行けば電球から蝋燭に変わっているため、なんらかの原因で蝋燭が落ちそこから火が回った
とすれば立派な事故だ。
天候も晴れが続き、空気は肌に感じるほど乾燥している。
まさに
放火には好条件が揃い過ぎているのだ。
しかし、一歩間違えれば
火の回りが早く、巻き込まれて自らも焼け死んでしまう・・・
アイリッシュの死が頭を過ぎった瞬間
背中に異様な寒気を感じた。
「アイリッシュ!!!」
彼女の名を叫んだのは無意識だ。
煙がどんどん増し
火災を知らせる警報音が響き渡る。
体勢を低くし
ハンカチで鼻と口を押さえ
火元であろう方へと歩みを進めた。
どうか、無事でいてくれ・・・アイリッシュ・・・
組織の人間の無事を祈るなんて
僕はどうかしている・・・。