第9章 ヘイアン国
7つ年上の兄は誰もが褒めそやす優秀な跡取りで、物心ついた頃からマリオンは比べられて育った。
「タツオミがお前の年の頃には出来たぞ」
祭事の勉強や、祈りの修練、予言の分析。精神鍛錬のための剣術。覚えることはたくさんあったが何をやったって褒められた記憶はなく、自分は兄の出来の悪いスペアなんだと気づく頃にはバカバカしくて、やさぐれていた。
祖父と父は兄にばかりかまけ、双子の姉マルガリータは自由人。小言を食らうのはいつもマリオンで、家に居場所はなく、よく抜け出しては海に行った。
ヘイアン国は大きな島国だが、海の向こうに何があるかは知らない。時折予言を求めて大きな船団が来るのが楽しみだった。
海の先に何があるのか知りたくて、船に乗りたかった。
「遊びで漁をしてんじゃねぇんだぞ、坊主。ちゃんと働くか?」
「うん!」
漁師のおっちゃんに漁船に乗せてもらって、近海とはいえ海に出ると解放された気がした。このままずっと船に乗って、違う島に行ってみたい。海のことを学ぶたび思いは強まって、本気で家出の計画を立てていた。
家族の目をごまかすために、程々に家業を学ぶ振りもした。どうせ家は兄が継ぐし、完璧超人が儀式をしくじるはずもない。100年に一度の儀式さえ終われば出奔するつもりだったのだ。
だが儀式が数カ月後に迫っても、兄タツオミは王候補を見つけられなかった。
(モテるんだから良さそうな女の子の中から選べばいいじゃん……)
王宮には王のための金銀財宝が山のようにある。王になりたがる娘は多く、そのためにタツオミに選ばれようと群がって、彼は静かに街を歩くことも出来なかった。
王選びの参考になればと、マダム・シュミットを招いたのは祖父だった。仰々しい入れ墨を刺した娼館の女主人の話は新鮮で、マルガリータでさえ聞き惚れていた。
覇気とは生き物の気配をより強く感じる力。海神と心を通わせる事で、予言を授かり、国を守ることができる――。
(誰でもいいわけじゃないんだ……)
儀式を控え、時たま海神は浮上するようになっていた。水平線を覆い隠すほどの巨体。全容は見えず、まるで動く巨大な連山だった。
金銀財宝目当ての娘が心を通わせることなど出来ない相手だ。そんな人間がこの世にいるかどうかも疑わしい。