第12章 分からない男【赤司征十郎】
「あの、妊娠…したみたいなの」
深夜の自宅の書斎に響いた妻の声に、一瞬時が止まり沈黙が流れた。
「あ…あぁ…おめでとう。…いやおめでとうはおかしいか?いや、おめでとうでもいいのか?」
何とか言葉を出したという様子の征十郎に妻は戸惑った。
子供が欲しいとお互いに話していたはずだった。
妊娠検査薬の陽性を見て嬉しさのあまり、深夜でも話したかったというのに、夫は困惑しているだけで、他人事のような言葉まで言って嬉しさが少しもない。
思い返してみれば、子供が出来たらうれしいねと言うと、そうだねとやさしく微笑んでくれたが、彼から子供が欲しいと言われたことはなかった。
「…ごめんなさい」
一人だけで舞い上がっていたのかと、夫婦にとって大切なことをきちんと夫と話せていなかったのではないかと謝ると驚いたように征十郎が顔を上げた。
「なぜ謝る?」
謝らせたのは自分の反応だと少しも思っていない征十郎は謝罪の意味を聞くために彼女の手を引き、二人でソファに座った。
「…子供は…欲しくなかった?」
震える小さな妻の声に、征十郎は自分の反応がまずかったのだとやっと気づいた。
子供は欲しいと思っていた。
だが父親像が分からない。
高校時代のバスケット仲間は皆すでに父親となり、桃井は母親となっている。
子供が可愛いと当たり前のように言う彼らに、屈託なく笑う子供たち。
彼らのような親を征十郎は知らない
征十郎には父親がどういうものなのか分からなかった。