第12章 分からない男【赤司征十郎】
小橋の驚きなど気にもしていない征十郎は、デスクトップの電源を落としノートパソコンをバッグに入れた。
「本当は自分で運転して行きたいくらいだが、彼女のアパートには駐車場がなくてね。すまないが頼むよ」
「かしこまりました」
2度も頼まれてしまえば、それ以上言えることは無い。
警備室に繋いでタクシーを正面に付けるよう頼むと、この時間で待機はいないので10分程待って欲しいとの事だった。
「10分ほどで到着です」
「ありがとう。山崎とあがってくれ」
通常であれば、業務終了後は征十郎を自宅に送り届けた後小橋は運転手によって自宅まで送り届けられる。
だが、今回は自分一人
帰宅のために征十郎の運転手を動かすより、運転手も自分もそれぞれに帰宅する方がいいと小橋は考えた。
「社長がいらっしゃらないのに、私が車で送っていただくというのはいささか…」
「山崎の業務は君の送迎も含まれている。俺は有能な秘書を失いたくないからな。山崎が待っている。降りるぞ」
巨大なビルとはいえ、専用エレベーターのある役員フロアから正面に降りるのに10分はかからない。
自分が部屋から出なければ、小橋も出ないと知っている征十郎はコートを羽織り、小橋を促した。
「はい」
社長の言うことは絶対だ
小橋は秘書に着任した後、ほかの役員秘書から聞いたこの言葉を悪い意味でとらえていた。
だが、征十郎の秘書に就いて、その言葉はこの企業で働く人間を守るための言葉であることに気づいた。
エントランスに降りるエレベーターに乗り込むと、誰かにメッセージを送ってコートにスマホをしまった征十郎が小橋に話しかけた
「聞きたいことがあるんだろう?」
「いえ…」
とっさに否定はしたものの、この男には腹の内など見透かされていることを小橋は分かっていた。
「恋人は一般家庭の普通の女性だ。俺が確たる地位を手にしなければ彼女との未来はない。手を貸してくれ」
聞きたいことはないとごまかした小橋の返事がなかったかのように、征十郎は彼女の事を話した。
「彼女の家は母子家庭なんだ。弁護士になるために国立大に奨学金で入ったんだがお母さんもその後体調を崩されて、大学はやめざるを得なかったんだが、ようやくお母さんも落ち着かれてね。彼女は今、働きつつ予備試験の勉強中だ」