第12章 分からない男【赤司征十郎】
征十郎は、自分の秘書と運転手に、接待を除き22時以降の業務は禁じた。
出張も多く、家に帰らせてやることのできない日がある彼らに、せめて通常勤務の日は家族の顔を見てから休める時間には帰宅させるべきだと思っての事だった。
小橋の子供は幼くすでに寝ている時間ではあるだろうが、帰宅して子供や妻の顔を見る体力すら残らない働き方はさせたくなかった。
「小橋、家族を仕事の犠牲にするな。まず家族。いつも言ってるだろう」
征十郎の家族は既に父の征臣だけだ。
しかし征十郎には征臣との楽しい記憶は皆無だ。
優しかった母との楽しい記憶はあっても、父との間にある記憶はいつも、自分が赤司家にとって相応しいかどうかを試され、確認されているものだった。
嫌ってはいない。だが好いているわけでもない。
企業人として尊敬はしているが、征臣のやり方全てを正しいと思うことは出来ず、自分の権限で動けることには征臣の介入を許さなかった。
「それに、小橋が帰らなければ山崎も帰れないだろ?」
少しの猶予もない仕事を投げられたとは思えない程余裕を感じさせるその表情と穏やかな口調は、小橋に自分が仕える人間が誰なのかを再認識させるようだった。
「社長はお帰りはどうされるんですか?」
まだ征十郎が残るだろうと考えた小橋は、この後に征十郎の発した言葉に、全ての思考が停止するなどとは思いもしなかった。
「今日は彼女が食事を用意してくれていてね。彼女のアパートに行くんだ。予定よりかなり遅くなってしまったから怒らせてないか心配だよ」
アパート
小橋は征十郎に特定の相手かいることは何となく察してはいた。
そして征臣にはそれについて何も言っていないだろうとも思っていた。
だが、相手がアパートに住む生活をしているとは微塵も思っていなかった。
「業務終了と言ったが、すまない。タクシーを1台呼んでくれ。呼んだら待たずに山崎と帰宅してくれ」
「社長。お出かけなら私がタクシーで帰りますので」
「何を言う。デート相手のところに行くのに社の人間をわずわらせるわけないだろう」
赤司家の人間は、仕事もプライベートも関係無く運転手を使ってきた。
それが当たり前だった。