第9章 Fated【青峰大輝】
女の自宅のある南側の路地へ向かうと、不自然な位置に男が隠れるように立ってるのが見えて、別の建物の陰に安藤の姿も確認した。
「お前は戻れ」
インカムの個別通話で安藤に伝えると、規律を重んじる安藤とは思えない答えが返ってきた。
「危険度の高い方を優先します。我々は人を守るための組織です」
「知らねーからな」
それ以上何も答えなかったけど、安藤には少しの迷いもなかった。
男が何かを探すようにあたりを見まわすそぶりを見せたとき、街灯に照らされたその顔は、視界の悪い雨の中でもはっきりとわかるほど、狂気に満ちていた。
そして、不自然なほどずっとポッケに入れられている右手
「凶器を所持している可能性があります」
「分かってる。距離詰めるぞ」
ストーカーの被害届が出された時、通勤経路は日によって変えるように指導されている。
どの道から女が帰宅するか分からない以上、最悪のルートでないことを願いながら、その最悪に備える。
安藤と合図を送りあいながら、男との距離を縮めてあと一歩というところで、男の正面の曲がり角から傘をさした女が歩いてきた。
最も悪いルートで、備えは不完全
「逃げろ‼‼‼」
大声を出して危険を知らせたけど、傘を持っていた女は一瞬その男を確かめるのが遅れ、それを見逃さなかった男が一気に女との距離を詰めた。
そして、ポッケから取り出された右手には、鈍く光る刃物が握られていた。
「逃げてください‼‼‼刃物を持っています‼逃げて‼‼」
安藤の大声が響いても、女はその場に座り込んで動くとすらできず、男は女に刃物を振り上げた。
「ストーカー扱いしやがって‼‼‼ぶっ殺す‼‼」
男を制圧した俺の目に映ったのは、淡いスーツを染める赤をシャワーのような雨が洗い流す光景だった。