第1章 終わりと始まり
「私と在人さんは同棲してるのよ。
婚約者が居る男性と寝るなんて...」
「何よ、セックスしただけじゃない。
セックスぐらいで大袈裟ね、心が狭い」
「誰だって婚約者が浮気してたら嫌な気持ちになるでしょ!」
反省の様子を見せないヒメに、感情的になる。
「在人とあたしは愛し合ってるの。
穂乃香の入り込む隙間なんてミジンコ程もないわ。
あたしから在人を盗らないで?」
精液と愛液を拭ったティッシュを投げつける。
部屋に漂う独特の匂いに、目眩がする。
「穂乃香が在人を放っておくから浮気なんてされるのよ。
あ、元々穂乃香に愛情がなかったから浮気にならないか」
「っ......在人さん、婚約解消しましょう。
あなたとは一緒になれないわ」
全裸のまま固まっている婚約者の顔を見つめ、静かに告げる。
「......分かった。
挙式のキャンセルはしておく」
見たこともないような冷たい表情のまま言う。
逃げるようにして部屋を出た。
ドアを閉める時に見えたヒメの表情が、忘れられない。
あの、上から人を見下すような目が。
ホテルにでも泊まろうと歩き出した。
手持ちはまぁ、1泊ぐらいなら余裕だろう。
明日在人さんが仕事の時間に荷物を取りに戻ろう。
それから、両親への連絡。
式場はキャンセルしてくれるって言ってたし。
そこまで考えて、無意識に涙が溢れた。
「え、先輩?
どうしたんですか?」
お昼休憩で、外にご飯を食べに来たのか数名の社員。
「具合大丈夫ですか?」
駆け寄って来てくれる姿が涙でぼやける。
「南くっ......っ...」
彼は同じ部署の南晴人くん。
先月入社したばかりの、後輩。
熱心に仕事に取り組む姿を気に入られ、すぐに職場に溶け込んだ。