第1章 終わりと始まり
シン...と気まずい空気が流れる職場。
時間を刻む秒針の音だけが、異様に大きく感じた。
「すみません、お騒がせしました!」
深々と頭を下げる。
「あ、うん。
織田?あいつってお前の婚約者だったよな?
人違いか?」
聞いて良いものなのか、と顔色を伺うように尋ねる北見さん。
ヒメも色々引っ掻き回してくれたことだし、正直に全てを話すことにした。
心配そうな顔をする南くんに微笑み、口を開いた。
「私と杉野在人は婚約を解消しました。
もう今は赤の他人です。
彼が誰と結婚しようが、私には口を出す権利がありません。
挙式中止の案内は今朝出したので、もう少しあとで届くことになると思います...。
先程はご迷惑をお掛けして申し訳ありません...!」
「穂乃香ちゃん、大丈夫...?
穂乃香ちゃんのことだからきっと解消してすぐに案内を出してくれてると思うんだけど...。
解消してすぐ、彼が別の人と結婚だなんて...。
わたし旦那の不倫が原因でバツイチなんだけど、最初は引きずったわよ?」
一児の母、吉井さんが遠慮がちに言った。
営業事務部は少数精鋭部隊。
他の部署より圧倒的に人数が少ない為か、皆仲が良い。
「挙式前に浮気されちゃって...。
本当...情けないですよね、私。
すみません」
皆を困らせたくなくて、笑う。
「バカね、無理に笑わなくて良いのよ。
辛い時は周りを頼りなさい。
同僚であると同時に、仲間でもあるんだから」
吉井さんの言葉に、周りに居た皆が頷く。
「ありがと......ございます...」
皆の優しさに、ジワリと目に涙が浮かぶ。
「ほらほら、おいで穂乃香ちゃん」
抱きしめてくれようとした吉井さんを遮り、代わりに抱きしめてくれたのは南くんで。
ギュウギュウと力の限り抱きしめられる。