第6章 ノブレス・オブリージュ
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2時間前のこと。
「(…この格好、恥ずかしい…)」
肩がすっかり見えた遊女のような着物。
少しはだけた裾。
アップになりつつも、ひと束だけ落ちた遅れ毛。
顔には薄いベールのような生地が落ちているため、前はよく見えないが、周りからは人の悲鳴が絶えず聞こえてくる。
正直、怖い。
自分が今何をさせられているのかもよくわからない。
”ごくそつ”も”しゅうごうじごく”も何を指すのかわからない。
昨日寮にひっぱられていった後に簡単な説明を受けたのだが、十分理解もできていないし、納得だってできていない。
朝起きたらすぐお香さんに着替えさせられてこの格好になって、今にいたる。
よくわからないうちに座ってればいいからとの指示が飛んだのだが、座って何をすればいいかわからない。
「(…まず、このベール取ろうかな。周りがよく見えないと不安だし)」
そう思って顔に掛ったベールを上げて、ピンで髪に止めた。
これで少しは周りの状態が把握できる筈。
椿がキョロキョロと見回すと複数の影がこちらに向かってくるのがわかった。
よーく目を凝らすと、全て白装束に身を包んだ男性のようだ。
じぃっとその姿を目で追いかけていると、先程から聞こえていた悲鳴の正体がやっとわかった。
ふらふらと歩く白装束の男性に、振り下ろされたのは大きな金棒。
「こらぁ!!!俺の女になにすんじゃこらーー!!?」
「ひぃっ!?ごめんなさいごめんなさ…」
「これでも食らえやぁ!!」
「た、たすけて天女様!!助けて!!!」
「……っ」
『たすけて。』と聞いた椿は無意識に座っていた椅子から立ち上がり、もといた足場から一歩を踏み出した。
と、同時に浮遊感を感じ、気が付いたら針の山に埋まっていた。
「(…あぁ、私いたところって針山の上だったのね…)」
とっさに庇った顔と頭以外の全身が痛い。
あぁ、針のムシロってこんな感じなんだ…とどこか自分の状態を俯瞰的に見ながら、椿は意識を手放した。