第1章 其の血の味は終ぞ知らず
拠点の一室へ到着すると、やっと降ろされて解放された。
と、思ったのも束の間。
ルッチは私を、後ろから抱きしめた。
突拍子もない出来事による動揺を、大きくひとつ鼓動した心臓が裏付けている。
鼓動は、まるで静まる様子がない。
抱きしめたというより、正確には、後ろから左腕を身体に回され、右腕は私の首を掴んでいる、といった状況だ。
私のセミロングの髪を横へ流し、何かを確かめるように、指で肌を撫でている。
くすぐったいようなぞわぞわする感覚の中に、ピリッと痛みが走った。
「掠り傷だ、変色している」
「傷…?」
そうか、と想起したのは、先ほどの能力者が飛ばした爪の1撃目。
避けたと思っていたが、僅かに首を掠っていたのだ。
そして、この不調は…。
「毒だな。大したことはなさそうだが」
そう、毒だ。
どのような毒かは定かでないが、目の霞や身体の痺れといった症状からして、敵を足止めする程度のものと思われる。
加えて、傷が浅かったおかげで、軽傷で済んでいるのだ。
「そ、それなら…薬で応急処置を」
一刻も早くこの状況を抜け出したくて、私はルッチに開放を打診する。
「いや、駄目だ」
「!なっなぜです…かっ!?…!!」
問いかけが終わる前に、ルッチはそのまま首の傷を舐めると、唇をあてがった。
提案が却下されたばかりか、予期せぬルッチの行動に、私の脳内は真っ白になる。
ルッチが何をしているのかは理解できる。
毒を吸い出しているのだ。
軽傷とは言え、正確な解毒剤がない以上、残った毒を放置したままにしておけば、体内に吸収されてしまうだろう。
症状が悪化するのを防ぐには、必要な処置だ。
単に私の頭がこの状況に追いつかない。
これではまるで、後ろから抱きしめられて、首元にキスを落とされているようだ…と。
あたたかい唇の熱、舌が這う感触、背に感じる逞しい肉体、すべてが私の思考の邪魔をする。
どうしてそんなことを、意識してしまっているのだろう。
ルッチはただ治療を施しているだけで、パニックになっているのは私だけだ。
そもそも、この状況を特段思考する必要などないはずだ。
考える余地があるとすれば、ルッチはなぜ私を助けようとしてくれるのだろうか、といったことだ。
尤もらしい疑問が浮かぶより先に、抗えない程に身体が反応してしまった。
それを、頭が理解できないのだ。