第1章 其の血の味は終ぞ知らず
振り向きざまに、何かを叩き落とした。
落としたのは2撃目、1撃目は私の首を掠めて行く気配があった。
辛うじて致命傷を避けていたのか、ルッチの足元にいた能力者が一瞬腕を振り、私に斬撃を飛ばしたのだ。
いや、機密文書を狙ったのかもしれない。
叩き落としたと思っていた斬撃は、どうやら動物の爪のようだ。
腕の一振りしか許されなかったのは、ルッチが瞬く間にとどめを刺していたからだった。
「悪いな、俺が甘かった」
「いえ、狭い空間で極力静かに闘うのは難しいことです」
私は正直な意見を述べたつもりだったが、ルッチはフォローされたと思ったのか、少しだけ不満そうにしている。
屋敷の人間全てを殺しておきながら、任務を計画通り遂行できたのだから、それだけで十分超人的だ。
これくらいのことはミスとも呼べないだろうが、ルッチは完璧主義者でもあるのだと思った。
今度こそ任務の完遂を確認し、手配していた安全な退路で帰還する。
この時はまだ、私は体調の変化に気付いていなかった。
*
帰路、自分の身体がどうもおかしい。
速やかに退去しなければならないというのに、目が霞み、四肢が麻痺したようにうまく動かないのだ。
何となく、嫌な予感が頭をよぎる。
「…どうした」
さすがにルッチに気付かれてしまったようだ。
どうにかして誤魔化したかったが、こう症状が出てしまっていては、隠しても隠し切れない。
私は正直に伝えることにした。
「すみません、身体が思うように動かなくて…」
ルッチは私の様子を伺うや否や、いきなり私を片腕で抱きかかえた。
「!?ルッチさん…何をっ…!?」
「静かにしていろ」
説明の時間も与えられず、私はなすがまま横抱きにされてしまった。
ルッチは急ぐぞ、とだけ言って、拠点にしている建物へ向けて駆け出した。