第1章 其の血の味は終ぞ知らず
目的地へ到着して間もなく、政府の用意した一室で情報確認と作戦立案をした。
任務に関する情報や拠点などは、漏洩を極力避けるため、現諜報員から即時的に渡されるのが通例となっている。
その諜報員も伝書のみを生業としており、自分の役目を終えるとすぐに去ってしまうといった具合だ。
足りない情報、今回で言うと侵入及び退出経路を検討するための屋敷の設計図や、側近の能力者のプロファイルといった情報は自分で入手した。
「実行は翌日深夜。就寝時は側近の警戒が高まるのでその前に。屋敷の執務室で政に勤しむ目標を殺し、機密書類を入手します。能力者の側近は5名いるようですが、遭遇しなければ殺す必要はないでしょう」
「機密書類がそこにある確証はあるのか」
「はい。プロファイルによると、目標は権力こそあれど臆病で小心な人間。斯様な人物が極めて重要なものを隠す場合、目の届く場所か身に着けるのがセオリーです。また、屋敷の設計図によると、指紋認証型の金庫を執務室にわざわざ作らせています」
「なるほどな」
「念のため場所を吐かせて、殺すのはその後でもよろしいかと」
ルッチは終始大人しく、私の話を聞いていた。
視線は主に資料へと向いていたが、時折その眼差しを向けられると蛇に睨まれた蛙になったようで、心臓に悪い。
情報を共有し終えたところで、再びルッチが口を割る。
「ひとつだけ、変更させろ」
「…何でしょう」
「屋敷にいる人間は全員殺す」
時間は取らせない、と表情も口調も変えずに述べたにも関わらず、圧で僅かに歪んだ空気が、その提案には拒否権のないことを匂わせる。
これだと直感した私は、怯むことなく、頷きながら答えた。
「わかりました。その代わり、私の質問に答えてください」
「何だ」
ルッチが僅かに眉を顰めるのが分かった。
きっとこれまでに、こんな返しをした者はいなかったのだろう。
「貴方がこの組織に属する理由を教えてくれませんか」
「……」
少しの間を置いて、ルッチは答えた。
「殺しを正当化されているからだ。俺はただ、血の味を好む」
ルッチの回答は、すとんと腹に落ちた。
冷酷非道と称されるこの男の本質は、笑えるくらいシンプルだ。
ロブ・ルッチは、合法的に殺しができるからCP-9にいる。
食うために組織にいる、私と同じ格好で。
血を見たいがためと、理由が少し物騒ではあるが。