第1章 其の血の味は終ぞ知らず
組織にとっては、ルッチは願ってもいない人材だろう。
殺しが認められている限り、任務を全うするし組織に反することはない。
私にとっても、扱いやすいことに変わりはない。
憂慮すべき点があるとすれば、戦闘狂であるが故の、殺しの欲求を制御しなければならないことだろう。
ただ、それは彼自身で厳密に管理できているに違いないと思った。
そこを見誤れば、立場を追われ窮地に立つことになりかねないのだから。
「どうした、俺の回答が不満か?」
しばらく沈黙していたせいだろう、ルッチが訝しげに訪ねてきた。
「いいえ、その逆です。よくわかりました」
「…。お前はどうなんだ、xxxx」
「え…?」
質問を返されると思ってもいなかったので、少し驚いた。
私が演算したルッチのプロファイルは、他人に無関心だと分析していたからだ。
「…食うためですよ。私に大義名分や凄惨な過去があれば面白いお話のひとつでもできたかもしれませんが」
「良い、満足だ」
そう言うとルッチはまた自室へ籠ってしまった。
何が良かったのかわからないまま、私は作戦実行前の準備を施すこととなった。
私の頭の片隅は、今の流れでなら鳩のことを聞けたかもしれないのに、と少し残念に思っていた。
*
作戦は予定通りに開始した。
既に屋敷のセキュリティ及び通信機器は妨害電波によって麻痺しており、機能していないも同然だ。
私が真っ直ぐに目標の部屋を目指す一方、ルッチは屋敷をくまなく巡り、暗殺を実行していった。
尚且つ、私が能力者に遭遇しそうなタイミングで、どこからともなくそれを殲滅した。
彼の見せた非凡な六式は一部の無駄がなく、鮮やかで芸術的とさえ言えるだろう。
ともかく、ルッチの働きぶりのおかげで、計画は順調だ。
プロファイル分析に精通しているせいか、その人物がどれほどの修羅場を、過酷な鍛錬を経てきたか、ある程度分かるようになっていた。
ルッチに関して言えば、噂に違わぬ一級品だ。
CP-9の装いである黒のスーツ姿は、一見細身に見せるかもしれないが、服の上からでもわかる逞しい骨格や、しなやかで強靭な筋肉、手袋の隙間から覗く美しい血管は弛まぬ鍛錬の証。
戦闘能力においては、最早語る余地がない。