第1章 其の血の味は終ぞ知らず
そうだ、いっそのこと、一連の全てを毒のせいでおかしくなっただけだと思ってもらえばいい。
私が言いそうにないことでも言ってしまえば良いのでは…。
「た、食べないでください…」
冗談は好まないと言われた矢先、冗談を返す。
まともな私なら、絶対に踏まない選択肢だ。
「…考えておいてやる」
(あ、あれ…?)
ルッチは表情を変えず返答する。
私の思惑は(恥ずかしい形で)あっさり失敗した。
考えておく、とはどちらの意味でかを問うより先に、ルッチはドアを締め自室へと向かってしまった。
残された私は一人、ベッドに腰かけたまま、処置された首のガーゼの上を摩る。
傷口と共に、しばらくルッチの歯形が残るだろう。
それが自分には見えない角度であることに、安堵しているのはなぜだろうか。
傷の手当てを始めてからのルッチは、腑に落ちない点ばかりで、こんなにも乱されてしまった。
落ち着きを取り戻しつつある頭で、ロブ・ルッチのプロファイルは演算し直さねばらないと思った。
そして、自分のことも。
分析結果と一致しなかったくらいで、自分を制御できないようでは諜報員として未熟な証拠だ。
いや、本当にそれだけが原因だろうか…。
ともかく、今日はこれ以上作業しても、論理を欠いた建設的な分析とはならないだろう。
毒の抜けきっていない身体を休めることに努めるべきだ。
ベッドに横たわり、静かに目を伏せた。
他に冗談をぶつけて良いのなら、その鳩は非常食ですか、などといった質問はどうだろうか。
*
翌日、船は例によって政府所定の拠点へと到着し、機密文書の受け渡しを以って任務は完了となった。
いつもに増して解放感が大きいのは、やっとこの不可解な男とのペアが解消となることにほっとしているからだろう。
政府関係者が退室すると、再びルッチと二人きりになった。
「色々とお世話になりました。私はこれで」
私はルッチに軽くお辞儀をした。
「お前とはまた組みたいものだ」
「…恐縮です。が、またご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんので、遠慮させていただきます」
私は皮肉を込めた、形式的な挨拶をして踵を返す。
とにかく今すぐこの男から離れて、静かなカフェで読書と此度の分析をしたい、のだが…。
「待て」
私の思惑とは裏腹に、ルッチは私の腕を掴んで引き留めた。