第1章 其の血の味は終ぞ知らず
「物欲しそうな顔をして、食われたいのか?xxxx」
ルッチは真っ直ぐ私を見て、にたりと笑っている。
戦場で獲物を狙う顔とも違う、初めて見る表情。
ルッチの指先が私の唇をなぞる。
自分の心音がやけに大きく聞こえる。
なぜだろう、ルッチから目を逸らせない。
私はそんなに、みっともない顔をしているのだろうか。
このまま流されてしまいそうな予感がして、とにかく何か言わなければ、と声を絞り出す。
「ご、ご冗談、は」
「俺は冗談は好まない」
「なぜ、私にそのような…」
「自分のことはまるで分析できないようだな」
何を言われているのか、ルッチの言葉は耳に届いても、その意味は頭に入ってこなかった。
ルッチは愉快そうにしているが、何がそんなに楽しいのだろう。
何か妙なことでも言ってしまっただろうか。
「まぁいい、傷を見せろ」
ルッチはやっと手元を首へと運び、薬を塗布したガーゼを貼り付けて、手際よく処置を施した。
私は俯いて、ただ時間が過ぎるのを待った。
*
「ルッチさん、あの…」
「何だ」
手当てと飲み薬のおかげで、体調はだいぶ落ち着いたように思う。
だが、このまま本部までの帰路を二人で過ごすのは、居心地が悪かった。
何より頭を切り替えたかった私は、事務的な会話を試みる。
「申し訳ありません。自分の不手際で、その、このような手間を…」
「お前がこうなったのは俺に責任がある、気にするな」
この返答に少し安心した私は、若干気分が軽くなった。
ルッチが責任を感じていたのなら、手当をしてくれたことは納得できるし、私が分析した性格とも一致する。
しかし、そう思ったのも束の間…。
「それに、」
ルッチは再び薄笑いを浮かべて、会話を続ける。
「俺は満足させてもらった」
「まっ…?」
「お前の血の味は悪くない」
この男は何を言い出すのだろう。
血の味を好む、とはそういう意味だったのだろうか…。
真っ先に吸血鬼が思い浮かぶが、肉食動物の本能が影響しているのかもしれないと思うと、その線も現実味を帯びてくる。
だとすると、食われたいのかという先程の言葉も、捕食という意味になりかねない。
冷静に考えればありえない条件も、今の私は候補として考えてしまっていた。
それも動揺しているせいだと、そうであってほしいとでも言うように。