第8章 月が綺麗ですね
某テーマパークのチケット。夢の国と名高いところのものだが、ナルはその場所を知らない。興味もない。リンもおそらく知らないと思う。
行きたくなければ、行かなければいい。なのに何故その行動が取れないかと言うと、先月のパーティーでの出来事が絡んでいる。
先月、ナルのパトロン主催のパーティーでは、さまざまな業界からの人物が出入りしていた。その中にはもちろんSPRの活動に興味や理解を抱く者もいたが、有力者に取り入ろうとする人物もいて、とにかくさまざまな駆け引きが行われていた。
そこで車椅子に乗った見た目にはヨボヨボの老人の回りには我こそは取り入らんとする人物が群がっていた。彼は政財界に顔が利く有名な大富豪で親日家だった。
パーティーに嫌気が差し、会場から少し離れた所に行った彼は生け花を鑑賞する若い日本人に出会った。
清だ。
操に連れてこられただけで退屈していた彼女は英語で「こんばんわ」と挨拶をする。
老人も挨拶を返し、今夜は満月だったことを思い出し、「Tonight moon is beautiful, isn't it?(今夜は月が綺麗ですね)」と話した。
清はその日本語的な解釈を知っていた。昔の文学人が"月が綺麗ですね"を"I love you"と訳したという逸話を。
老人は頬をピンクに染めながら、その逸話を紹介した清を大層気に入ったそうだ。
この日から清は老人の話し相手となった。