第8章 月が綺麗ですね
日本にいる間の住まいである某外資系ホテルの一室に戻ってきたナルは、開封せずにいた封筒の存在に気がついた。大した用ではないのだろうと、後回しにしてカバンに入れて持ち帰ったのだ。
差出人の意図は全くわからない。否、サイコメトリーしたらわかるのだろうが、必要性を感じない。
仕方がないか、とハサミで封を開けた。中には某テーマパークのチケットが入っていた。
「ナル、今日は具合でも悪いのですか?」
「……いや」
毎朝の日課であるリンとの太極拳の後、彼はそう声を掛けてきた。
「それならいいのですが。いつもより集中力が欠けているように感じました」
整った顔に汗が滴り落ちる。わずわらしそうにタオルで拭きながら、彼は言った。
「……今日の夜の便で清が日本に来る」
「…それは、私も知りませんでした」
「今朝、操に確かめた。観光だそうだ」
ナルはため息を吐いた。
なるほど、それで彼の気が乱れているのかとリンは納得した。さては日本にいる間、娘をよろしく頼むとでも言われたのだろう。観光案内なんてナルにできるはずがないのに。
「清なら日本語も話せるし、一人で観光するつもりなのでは?」
自立心が強い彼女のことだ。ナルの仕事の邪魔はしないし、放っておいても心配ないと思う。
「……そうだな」
実はナルを悩ませているのは、チケットの存在なのだがリンにはそれを言わずにおいた。