第8章 月が綺麗ですね
「…日下部、清。誰だろう」
麻衣が呟いた言葉にすぐさま反応したのは、滝川と安原だった。
滝川は飲んでいたアイスコーヒーを落っことしそうになり、安原に「何やってるんですか!」と叱責されている。
「まあまあ、安原さん。コップが滑っただけやろし、そんな怒らんでも」
柔和なジョンの顔と口調に、安原は慌てて滝川に謝った。
「…すみません、僕も動揺して」
「気にすんなよ。…でも、アレってコレだよな。ていうか今のご時世に手紙?」
小声で話す二人に綾子は「何ヒソヒソ話してるの?」と揶揄した。
「ヒソヒソ話してねぇよ。少年に叱られて落ち込んでんの」
泣き真似した滝川に苦笑しながら、麻衣は所長室へのドアを開けた。
「所長、お手紙です」
「ああ」
本を読んでいたナルは顔も上げず短く答えた。「ありがとうぐらい言えんのか」と毎度のように思うが、言って直る相手でもない。
麻衣はそのまま皆のところへ戻って行った。
数分後、本を読み終わったナルは麻衣が置いて行った郵便物に手を伸ばした。
いくつかある中で目を引いたのは、薄紫色の封筒。差出人をあらためると"日下部 清"の文字。
しかし、少しの違和感を感じた。
(…筆跡が違うな…)
明らかに筆跡に癖があり、もう少し年上の女性の字のように思えた。
(…操か…?)
大体清なら用があるなら手紙よりも電話するはずだ。その方が早く済む。
薄紫色の封筒からは操の企みが透けて見えるようだった。