第1章 血玉髄の櫻木
「ご遺体には外傷はなく、その死にかたからしても病死ではない。死体遺棄の可能性もあるが、俺たちはさっき貴様が言ったとおり見立て殺人を疑っている。毒物か、あるいはまた別のものなのか。いずれにしても、貴様の力が必要だ、名探偵」
乱歩の糸目がうっすらと開いていくのがわかる。そうか、この刑事は乱歩のおだてかたをわかっているのか。江戸川乱歩という男は、おだてておかないと本領を発揮できないような男なのか。
──それってつまり……、乱歩さんって、すごい面倒なひと!?
「奇怪なのは死因だけじゃない。この桜の樹周辺、遺体が座っていた椅子、すべてに犯人の痕跡がないんだ。だが、ご遺体じたいには……ジャケットのおもに背中、シャツのえりもと、身につけていた仮面、頬や唇、手の甲、指先には、多数の指紋およびDNAとおぼしきものが検出されている。多すぎるほどだ。つまり──
──ご遺体と現場とで証拠の数に差がありすぎるんだ。
ここまで完璧で不完全な証拠隠滅をするやつなんて、よほどの変人かよほどの馬鹿か、よほどのドジ。もしくは、──俺みたいな一般人には理解がおよばない、特殊な力を持つ者だけだ」
──そっか。だから異能力者の関与が疑われているのね。
これまた奇っ怪な、と箕浦と映はそろって首をかしげた。その場にいる中で、乱歩だけがただ目を輝かせていた。
──うぅむ、これまた、厄介だなぁ。事件捜査と乱歩さんの相手、どっちもわたしには役不足な気が……。