第3章 緑玉髄の魂
そこは、凄惨に見えてまったく違う現場だった。おだやかでないことはたしかだが、猟奇的であるものの、意味しているものがわからないような。
「これは……、間違いなく櫻木婦人だね」
「そうだろうな。詳しいことは調べてみないことにはわからんが……。異能者が関わっているのなら難しいやも知れん」
留置場の狭い室内を横切るように倒れている女人。上下灰色のスウェットを着用した姿は、屋敷でごてごてに着飾った豪奢な婦人とはかけ離れていた。
美しく結い上げられていた栗色の髪は褪せ、乾燥が目だつ。一気に年相応な装いは、きっとあの頃の櫻木婦人なら発狂してもおかしくないほどだ。それでも婦人が生活できていたのは映が鏡狂いにしてしまったからだろう。
その場所は一見まさしく殺人事件の現場だった。
壁から床から赤い液体が飛び散っており、ひと目で血だと理解できるほど、そこは猟奇的に凄惨な殺害現場に成り果てていた。
もとより綺麗な場所ではない。それでもこの赤い液体は不浄を思い起こさせた。
たちこめる〝死〟のにおい。つんと鼻につく、けれどどこか懐かしいにおいだった。桜の下で死んでいた、仮面の男とはまた違うにおい。それはきっと、重い重い〝罪〟のにおいなのだろう。
──あれ、これって……。
「乱歩さん、これ……」
「うん、これ、血糊だね。本物の血液じゃない。おそらくは遺体にかかっている液体も」
「そうですね……いったい、なんでこんなことを」
「血玉髄を見立ててるんだろうね。それ以上の意味はないよ」