第1章 血玉髄の櫻木
事件現場は、ヨコハマ屈指の広大な敷地を持つ自然公園の一角だった。
広場のようなスペースに石畳が敷かれ、その中心を囲むように規制線がはられている。奥にはブルーシートに包まれた、──
──あれは、桜?
「遅かったじゃないか。いつもの坊主はどうした?」
「そんなことより、屍体を見せてよ。そのために僕を呼んだんでしょ」
言ったきり、乱歩は見たところ刑事だろう男を無視して規制線をくぐってしまった。
「す、すみません。えぇっと、わたし、〝事務員の〟鏡原映といいます。今回はつき添いで……」
映は〝事務員の〟を強調して営業スマイルを炸裂させた。自分はここに来る意思はなかったのだ、ということが少しでも伝わればいいと思って。
「あぁ、あんたも大変だな。俺は刑事の箕浦だ。鏡原といったな? あいつは優秀だが、どうにも扱いづらくて困る」
──鏡原? って、たしか……。
「なぁ、あんた、」
「映、来なよ」
「え? あ、ちょっと、すみません」
箕浦がなにか訊きたそうにしていたのに、マイペースな乱歩は規制線の中から映を呼んだ。
「なんですか、せっかく話しかけていただいたのに」
「そんなのどうでもいいよ。とにかくこれ、見て」
乱歩が指差した先には、目を見張るほどの桜の大樹と、その下に、──
──これ、まさか……!
まるで調度品のように優雅な椅子に座った、正装の男、の、屍体だった。
ただ少し違和感があるのは、その男が、まるでオペラ座の怪人のような仮面をつけていたことだった。
「映はこれ、どう思う?」
「え、どうって、男性の、屍体ですよね?」
「そういう客観的な事実は訊いてないよ。僕が訊きたいのは、──
──映の主観だ。
僕はどうも、他人の気持ちというものに、うといらしいから」
──ええ、それ、気にしてるならもう少しなんとかならないの? もしや筋金入り?
乱歩が他人の気持ちにうといのは、きょう会ったばかりの映にも明白だった。
──でも。