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【文スト】球体の鏡より【江戸川乱歩】

第3章 緑玉髄の魂






軍警本部の建物前。いままでペースも合わせてくれなかったくせに、乱歩は急に立ち止まった。


「……なんですか、急に立ち止まって」


「ねぇ、映」


「……なんでしょう」



その声音に、なにやらただならぬものを感じて。真横の乱歩を見やっても、こんなときに限って、うつむきぎみの前髪が邪魔をしていた。その表情から伝わるものはなにもない。

ただ、その〝無〟がこわかった。




「僕たちの仕事は、真実のかけらを広い集めることだ。そのために異能を使い、そのために駆け回る」


「でもね、映」


「真実を追及するということは、そこにいたるまでに、たくさんのひとの秘密を、隠しておきたいものを、片っぱしから暴くということだ」


「──決して、純然たる正義にはなりえない」




それは、いつも飄々と笑っている、乱歩の素顔のように思った。年齢不相応な態度の陰に隠された顔。




「……だからなんだっていうんですか」


「どうでもいい、そんなもの」


「わたしは、純然たる正義になりたいわけじゃない」


「ただ逃げて、逃げた先が探偵社だった。最初はそれだけだったけど、いまはけっこう気に入ってるんです」


「それに、そんなこと言われても、わたしにはもう、ここから逃げる場所なんてないんですから」




乱歩は、そっか、とだけつぶやいて、行くよ、とも言わずに、建物の中に入っていった。映も、なんの疎通もなしに、それに続いた。




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