第3章 緑玉髄の魂
「さ、さっきからなんなんですか、あなたたちは! あたしは、個人情報を盗まれたんですよ!?」
「ですから、それについては後ほど会社側と相談してください。わたしたちはあくまで実害の有無についてを調べています」
「そんなこと! あたしの受けた被害を先になんとかしてくださいよ!」
「しかし現実にあなたの名前で脅迫罪が成立する案件が発生しています!」
「……え?」
財前がわずかに息を呑む音が聞こえた。
──なんと滑稽なことだろう。
盗まれた個人情報。これから先、自身がどんな被害を受けるかわからない恐怖に財前はおびえていた。おびえて、そして憤っていた。それは会社にか、あるいは──。
けれどいま、そのおびえは確信に変わった。
すでに悪用されていた自身の個人情報。盗まれたと立証できなければ。下手をすればその罪は自身に覆い被さることになる。
「あーぁ、ほんと、──くだらないなあ」
ぴん、とはりつめた緊張の中、そんな空気は気にもとめず、乱歩は口を開いた。
「なにがそんなに気に入らないのさ? 僕たちは盗まれた個人情報の行方を探して、これ以上の悪用を止めるって言ってるのに」
「ほ、ほんとう、ですか……?」
「当たり前だよ。嘘をついたところで僕はなんの得もしないしね。それに、──
──名探偵に不可能はない!」
高らかに言いきって笑った乱歩に、映は目を奪われた。
この自信はどこから来るのだろう。いままでの経験か、その実績か、それとも度量か。
けれど、あぁ、いまは、そんなことより。
──このひとの、この魅力は、いったいどこから……。
昔、自分が鏡原家の人形だったとき。その逆境の中で、このひとに出逢えていたならば。そうであれば、いったいどれだけよかったのだろう。
過ぎ去りし日はもう戻ってこない。それなのに、そんなことを考えてしまうくらいには、映は乱歩に魅了されていた。
──わたしばかり、いまを謳歌するのは、ちょっとだけずるいけれど。
──もしも赦されるのなら、あと少しの間だけ、こうしていたい。