第3章 緑玉髄の魂
「先日、ここ、梶谷宝飾のロビーにて、ぼや騒ぎが発生しましたね。その際、ぼやを起こした放火犯によって、──
──財前羽依理さん。あなたの個人情報が盗まれたそうです」
財前羽依理のまぶたが震えた。瞳孔が開く。眉根が寄る。いまにも乾いてしまいそうな眼球を守ろうと、生理的な雫で濡れていく。
──いま彼女は、いったいなにを思っているのだろう。
この件で、彼女は会社への信頼を失くしただろうか。
この件で、彼女は会社を責めるだろうか。
幻滅しただろうか。
見損なっただろうか。
辞めてしまうのだろうか。
──あぁ、ほんと。人間って難しい。
自尊心と虚栄心が交錯する。
複雑に絡んだ人間の情も、欲も、心も。人間らしさ垣間見えるそのすべてに、吐き気がするほどうんざりしていた。
──もう、飽き飽きなのよ。
「あ、あたしの個人情報が、って、いったいどういう……」
「そういうことはあとで会社の責任者に訊いてください。わたしたちは、それが漏れ出た経緯ではなく、あなたの名前で悪事をはたらく輩が頻出する事態にいたらぬよう、少しでも早く犯人を捕らえるために動いています。犯人に心当たりはありますか?」
「あるわけないじゃないですか! それより会社は、梶谷宝飾はなんと言ってるんです? あたしの個人情報が盗まれたことについて、どう責任をとるというのですか!」
頬を紅潮させて机を叩いた財前羽依理は、映を怒鳴りつけた。そんなことをこちらに言われても、と映は思ったけれど、般若のような顔の女は唇をゆがめている。