第3章 緑玉髄の魂
「つい先日、弊社のロビーにて、ぼや騒ぎがありました……。さいわい大事にはいたらず、怪我人も出ませんでした。原因はいまだわかっていません……ですが、そのそもロビーに火のもとはないため、失火ではなく、……放火、の可能性が高いと判断されました」
映は現場を想像した。
火災報知器が鳴り響くロビー。時間帯はまだ早く、ひと影はまばらだ。出社している人間も少ない。そのため、火を消すためにそこにいた社員が集まってくる。警備は──必然的に、薄くなる。
「火はすぐに消えました。大したことはないぼやだったのに、そんな騒ぎはいまだかつてなく、対応のマニュアルも不充分だったため、出社していた人間が、みなその場に集まってしまったのです……。〝そのこと〟に気がついたのは、火が消えてから、しばらくしてからでした」
梶谷宝飾は老舗で、新しいものの導入も遅かった。重大な機密も、いまだ書類管理を続けているという。
「営業部に在籍している、〝財前羽依理〟という三十二歳女性の個人情報が、──紛失していたんです……!」
女性は語った。
──盗まれたのなら、あのときしか考えられなかった。
──対応のしかたも、手薄な警備も、すべては梶谷宝飾の失態になる。
──知られれば大問題になる。隠しておきたかった。
「どうか、どうか、弊社から盗まれた個人情報が、これ以上悪用されるのを防いでください……!」