第3章 緑玉髄の魂
「どういうことですか!」
「……ですから、先ほどから申しあげているとおり、弊社に財前羽依理なる経理課主任はおりません」
「じゃあ、犯人は実在しない人物の名を騙ったということですか」
「……えぇ、そういうことかと」
めくるめく会話を繰り広げながらも、広報担当だと名乗った女性はビジネススマイルを崩さない。その笑みにイライラがつのる。そのかたわらで、映は自分の笑顔も似たようなものだと思った。
「まぁまぁ、落ちつきなよ、映」
「逆にどうしてそう落ちついていられるのかがわかりません」
「そんなの、僕にはすべてお見とおしだからに決まってるじゃん!」
にいっ、と乱歩が大きく笑む。
ぴき、と音をたてて、女性の仮面が割れていくようだった。貼りつけられた笑顔の仮面が。
「ねえ、財前羽依理はいないんだよね?」
「……だから、先ほどからそう言っています」
「ほんとかな? 財前羽依理という〝経理課主任〟がいないんじゃなくて?」
映には乱歩の真意がつかめないままだった。もしほんとうに財前羽依理がいたとして、どうしてそれを隠す必要があるのだろう。
「……そんな、女性は、所属していませ……」
「騒ぎになるほどのぼやは、いったいなんだったんだろうね?」
女性の顔が、泣きそうなほどにゆがむ。映はその顔に般若を思い出した。怒っているように見えて、泣き顔を現している面を。
「っ、……申しわけ、ありません……!」
勢いよく頭をたれた女性を見て、乱歩は心底愉しげに椅子を揺らす。映はそこに、えも知れぬ恐怖を感じた。