第3章 緑玉髄の魂
「どういうことですか?」
「──スプリンクラーだよ」
乱歩が唇のはしをこれでもかとつり上げて笑った。目尻もさがり、一気に印象が幼くなる。
「このロビーは天井を大きく使って窓を設置してる。だから天井につけられるべきスプリンクラーがないんだ。だけど、それじゃあ困るから、ここに、」
乱歩は自身の靴のつま先で、とんとん、と床を叩いてみせた。
「火災報知器とスプリンクラーが、埋めこんである」
タイル張りの床を見ると、一部がちがう素材でできているようだった。わずかな凹凸で開けられる仕組みになっているらしい。
「このスプリンクラーは、貯水槽から水をひいているね。おそらくは雨水も含まれている。最近激しく雨が降ったから、水が多少汚れていてもうなずける、うん」
「あの、だから、なんなんですか?」
「だーかーら! 室内で、上から下に、雨が降ったの! 最近、このスプリンクラーは使われたんだよ。──
──そうだよね」
乱歩がいきなり振り返ったので、映もあわててそちらを見る。スーツをばっちり着こなした、キャリアウーマンが立っていた。
「ぼや騒ぎがあったんでしょ?」
「………はい」
にこにことビジネススマイルを浮かべて、少しためらったあとに女性が言った。映も営業スマイルに切り替えて、話を聞く姿勢をとる。
「応接室を用意しております。こちらへ」
誘われるまま、映と乱歩は通路へと足を向けた。