第3章 緑玉髄の魂
「だから、わたしは考えました。法律にも引っかからず、倫理的にも合法な、家を出る方法を。親の庇護下にいなくてもいい年齢に達したところで、誰にも告げずに家を出たんです。そういう状況なら、たとえ捜索願や行方不明届が出されても、形式的な捜査で終わると知っていたから」
──これが、わたしのすべて。
心を落ちつかせるように、映はペンダントトップをにぎりしめた。よく磨かれて、まるで碧玉かのような輝きを放つ石を、映は自分によく似ていると思っている。
──碧玉みたいなのに、碧玉じゃない。まるで無価値の石。
──そんなの、まがいもののわたしにそっくりじゃない。
「映の境遇はよくわかったよ。それで、映は〝これ〟をどうしたいの?」
──どうしたい、とは……?
「この手紙だよ。緑玉髄うんぬんは知らないけどさ。また事件が起こるとしても、こんな正確性に欠ける根拠だけじゃあ、軍警は動かないよ」
──あぁ、つまり、これは。
「………どうか、稀代の名探偵さまに、この事件を未然に防いでいただきたく思っています」
頭を下げて、それから乱歩の翡翠の瞳をじっと見つめる。その眼が、〝もうひと声!〟と言っている気がした。
「たしか、乱歩さん、あそこの駄菓子屋さんのラムネ、お気に入りでしたよねぇ。いまなら特別、ビー玉を取り出すのもやってあげます」
少しも眼を反らさない。映も、乱歩も。先に折れるのはどちらか。
映はため息をついた。
「…………乱歩さん、連日行列になってるお店の焼菓子、食べたがってたなぁ。そういえば、あのお店、うちの近所だったなぁ。わたしが朝から並んだら、運よく朝イチで食べられるかもしれないなぁ」
「よし! 引き受けよう!」
──ちょろい。ちょろいよ乱歩さん……。まだ世のなにも知らぬ子どもみたいだよ!
そんな乱歩は、映よりずいぶん歳上なのだけど、映はそんなこと、もとより忘れていた。