第3章 緑玉髄の魂
ちょうど、その頃だった。映に〝鏡〟の異能力が発現したのは。
女は鏡をいやがった。そして、映をもいやがった。けれど人形としての扱いは変わらないまま。映と女の、奇妙な〝家族ごっこ〟は続いた。
狂おしいまでに〝若さ〟と〝美しさ〟に執着する女を、映は心底愚かだと思った。人間に、この世界に失望した。
ある日、映は家出した。まだ十にも満たない年齢で、家を出たところでどうにかなることのほうが少ないのに。映はその衝動を抑えきれなくて。
学校でできた友だちに協力してほしいことを伝えて、一緒につくった秘密基地で、ふたりは七日間を過ごした。
──あたし、映ちゃんのためだったら、なんだって協力するから!
やさしい、それでいて気丈な娘だった。精神年齢が高くて、面倒見のいい、誰からも愛された娘。
映はそんな娘の運命を、──狂わせたひとりだった。
──ああああああ、アオイちゃん、アオイちゃん! なに、これ、なにこれなにこれなにこれああああああああ!!
耳をふさいでしまいたいほどの叫びが、映の耳をつんざく。
きっかけは、ほんのささいなことだった。ただ、鏡原の人間にゆくえを探し出されてしまっただけだ。鏡原の財力をもってすれば、いずれはそうなるであろうことだって、幼い映にもわかった。
ほんの少し抵抗しただけだった。身を守ろうとダンゴムシのように体を丸めて、泣き叫んで。
友だち想いの娘だ。それだけで、彼女は映の前に立ちはだかった。
いやだった。あの子が男に罵倒されるのが。
いやだった。あの子が男に殴られてしまうのが。
いやだった。あの子が男に蹴られてしまうのが。
気がついたら、映は〝鏡地獄〟と口に出していた。震える声で、たしかな悪意をもって。
鏡に閉じこめられたのは、映の意思に反して、友だちの彼女だった。
鏡原が金と権力にものを言わせて彼女の両親を黙らせた。映は家から出られなくなった。
それ以来、映は彼女の身につけていたペンダントを首から下げ続けている。まるで贖罪のように。