第3章 緑玉髄の魂
映は鏡原家の次女だった。〝だった〟というのは、映はもう家を出て、絶縁状態になっているからである。
ほんとうは戸籍も抜いてしまいたかったのに、裏で鏡原が手を回したせいで、役所は受けつけてくれなかった。
鏡原は名家だ。もとは武家だったらしいが、帯刀しない時代となったいまでは、まるで貴族のような暮らしをしている。
地位、金、権力。大義名分をふりかざし、世界に理不尽をもたらし続ける。それがいまの鏡原であり、映はそんな生きかたがいやでいやでしかたなかった。
──
「とても。とてもいやで、わたしは家を出たんです」
パーテーションに区切られた応接セットのソファに向かい合わせで座り、映は目の前の乱歩を見やる。
その乱歩といえば、背もたれにふんぞり返ってラムネのビー玉で遊んでいた。
──このやろう、ひとがせっかく話してやってるのに……!
「ラムネのビー玉ってさ、」
唐突に乱歩が言った。
目の前でビー玉を弄び、照明にかざすのをやめないまま。
「どうかざしても、見えてるものが逆さまになったり、ゆがんだりするんだよね」
「え、はぁ、」
「ほしいものも、見たいものも、僕は気泡なんかには邪魔されないで見たい。映もそうでしょ?」
〝そうでしょ?〟と訊きながら、乱歩は映の答えを求めているわけじゃなさそうだ。
いまいち乱歩の真意がつかめないまま、映はかすかにあごを引く。それでも乱歩は映のほうを見向きもしないまま、〝だからさ、〟と続ける。
「だからさ、かくしてること、教えてよ」
乱歩は糸目を三日月に細め、やっと映を見た。