第3章 緑玉髄の魂
その日、映は社の郵便受けから手紙類を取り出して選別していた。
福沢宛の依頼書や、一般市民からの感謝状など、一日に来る郵便物は多い。それらを選別するのも、暇をもてあました調査員の仕事だった。
──ま、暇なのがいちばんいいのだけど。
簡易的な事務机に向き合って、茶封筒をひとつひとつ確認していく。
──ん?
ひとつだけ、宛名が映になっているものがあった。はて、これは誰からだろう、と首をかしげる。
ここで働くことは誰にも教えていない。家族と呼べない血縁にも、大学時代の友人にも。
〝それ〟は、若草色の封筒だった。奇しくも映の髪留めと同じ色をしている。異国ふうの蝋封まで捺してあって、ますます差出人がわからなくなった。
その手紙に、差出人の名前はなかった。書き忘れるほどのおっちょこちょいか、もしくは意図的に──
正体はわからないものの、一応は映宛の手紙だ。開けてもいいはず、と判断して、映はペーパーナイフで口を開けた。
〝こんにちは、──鏡の異能者さま〟
──え、
〝捨てた名を名乗るとすれば、私はハイリといいます。あの事件の、糸引き蜘蛛でございます〟
──あの、事件。それは櫻木の屋敷での……?
〝鏡原家のご息女に、ひとつ、お願いがございます〟
〝どうか、私の緑玉髄を、真に変えていただけないでしょうか〟
血の気が引いた。これは、これは映だけに宛てて書かれた、一種の脅迫状だ。
絶対に戻りたくない場所、それを提示することで、映はこの〝依頼〟を絶対に断れない。そして、なにより。
──なんで、知っているの……?
緑玉髄、クリソプレーズ、アップルグリーンのカルセドニー。カルセドニーの中で、いちばん価値があるとされているもの。
──この男の目的が、わたしではなくカルセドニーだとしたら?
櫻木の屋敷で起きた事件が、血玉髄だとしたならば。
──また、事件が起こるというの……?