第1章 血玉髄の櫻木
気がつくと、映はまるで世界の終わりのような場所で揺蕩っていた。モノクロームで、なにもなくて、ただそこに映だけが存在していた。
「〝彩色サレナイ空間ハ、発見サレナイ空間デアル〟」
映はいつか読んだ詩集を思い出していた。
──〝ケレド彩色サレタ空間モマタ、発見サレナイ空間デアル〟
映は思い出す。〝ソレハ存在スルコトノ青イ月夜デアル〟と、幻想的に言いきる価値を。
──〝バケツハギタアヲ含マナイ〟〝他人ノ他人ヲ含マナイ〟〝自分ノ自分ヲ含マナイ〟
──わたしは、わたしであるために、なにをすべき?
いつの間にか、白い白い月が、空とおぼしき空間に浮かんでいた。
──〝漠然ト海ヲ感ジル〟
──わたしはあの、はじまりの場所に、戻らなくてはならないの?
すべての元凶は、あの家だった。あの場所で、狂った世界で。もしかしたら、先に狂いはじめたのは映のほうだったのかもしれない。
──〝出テイク ケレドマタ戻ッテクル〟
──いいえ、わたしは戻らない。
映はまぶたを閉じた。白い白い月が、映を追いかけている気がした。
──〝オ母サン ト呼ンデモ見ル〟
──いいえ、あのひとは母じゃない。母だなんて、思ってやらない。
厚塗りの化粧を思い出した。映を狂わせて、そして狂おしいほどに美を求めたあの化けものを。
──〝入口ト出口ハナゼ同ジナノ〟
──そんなこと、知らない。それでもわたしはあの扉を、もう二度とくぐらない。
映はまぶたを開けた。そこに浮かぶ白い月は、いつの間にか翡翠の輝きをしていた。
──絶対に、戻らない。
──すべての決着をつけるときまでは。