第1章 血玉髄の櫻木
乱歩は映のほしい答えをくれなかった。せめて『そうだね、きみは生まれてくるべきじゃなかった』とでも罵ってくれれば楽だったのに。
──楽になる権利も、もうないのかも。
映は、長らく人間ではなかった。〝鏡原のお人形ちゃん〟とはまさしくそのことで。人間として扱われなかった時期が長く、そのせいで映は、ひととしてどう生きるべきかわからなかった。
「ならばわたしは、ひとであるべきだというの……?」
「そのとおり。生まれてこなければよかった人間なんて腐るほどいるよ。それでも僕は映は〝そちら側〟じゃないと思うし、たとえそうであったとしても、生まれてきてしまったからには生きるしかないんだ」
「……生きるしか、ない──」
映は反芻する。せめて人間であれば、それだけで救われた日を想って。
──だって、悔しい。
「別にいいじゃないか。犯人を捕らえられる異能なんて。僕は謎解きがしたいだけであって、捕らえられた犯人がそのあとどうなるかなんて知ったこっちゃないよ」
謎を愛し、罪を憎み、罰を与えず。そうしてただ、退屈に終止符を。乱歩の生きかたが、映はとほうもなくうらやましかった。願わくば、そう在りたいと思ってしまうくらい。
「僕は、きみに興味がある」
──あぁ、このひとは。
──このひとは、他人への関心というものがいちじるしく欠けている。
ずっと、こんな異能を持った自分には、価値なんてないと思っていた。どんな名家に生まれても、〝鏡原映〟にはなんの価値もない。映はそうして、世界に取り残されていた。
──そんな乱歩さんに興味を持ってもらえたわたしには、いったいどれだけの価値があるのだろう。
世界に取り残されて、もはやそこにはなにもなかったのに。いまになって、ひとすじの光がそこに芽生えた。