第1章 血玉髄の櫻木
は、っと意識が浮上して、映がいちばんはじめに見たものは、夢の中の月のような、澄んだ翡翠の瞳だった。
──ソレハ存在スルコトノ、
「青イ、月夜……」
「は?」
「ぅえっ? ら、ららら乱歩さん!?」
とがめるような口調に、完全に覚醒する。映をのぞきこんでいた翡翠の正体は、まぎれもない乱歩だった。
「ねぇ、重いんだけど。いい加減どいてくれない?」
「どく、って……」
いま映がいるこの場所は、例のふかふかソファよりかためな探偵社の応接ソファ──の、さらにそれに座った乱歩の上。
「ぎゃっ! す、すっすっすみません!!」
あのあと、あの屋敷で、どうやら映は、いつの間にか意識を手放したらしかった。久かたぶりに異能力を使ったのだ。無理もない。
けれど、これはあまりにも恥ずかしい。意識を失った映を乱歩がここまで運んでくれたのか。さだかではないが、そこから小一時間、映は乱歩を離さなかったというのか。
──とんだ迷惑を……!
「ほんっとうにすみませんでした!!!」
映は赤くなった顔をかくすように勢いよく頭を下げた。その拍子に少しよろめくけれど、なんとか姿勢を保つ。
「悪いと思ってるなら、角のところにある駄菓子屋でお菓子買ってきてよ」
「は? ……お菓子?」
「そう。だぁーって、あのお屋敷ではなんの茶菓子も食べられなかったし! あまいものが食べたい!」
食べたい食べたいと駄々をこねる様子は、〝二十六歳児〟とでも形容しておこう。
「練ると色が変わるやつだからね! あとラムネも!」と叫ぶ乱歩の声を背中に受けながら、まだ少しふらつく足を叱咤して応接室を出た。
「鏡原さん、起きたんですか?」
「えぇっと、たしか、中島さん、でしたよね? えぇ、これから駄菓子屋に行ってきます。乱歩さんに頼まれたので」
「気をつけて行ってきてくださいね! あ、あと、乱歩さん、あれでいてけっこう心配してましたよ」
小声でつけ足された新事実に、映は体を震わせた。心配そうな敦になにも答えられなくて、そのまま社を出る。
──なにそれ!?
映は頬を冷ましながら駄菓子屋へ駆けて行くのだった。