第1章 血玉髄の櫻木
「どういうことだ?」
「わたしの異能力、〝鏡地獄〟は……、こうして球体の鏡の中にひとを閉じこめるものです。鏡の中でひとは自分の本来の姿と向き合い、……罪人は、そのまま発狂してしまう」
映は唇を噛んだ。鋭い犬歯がうすい皮膚を破り、赤い血が流れ出す。
「わたし……わたし、もう二度と使いたくなかったのに……!」
「映、落ち着いて」
「櫻木婦人は無邪気に罪を犯したひとです。そんなひとほど向き合ったときの罪の大きさに耐えられないことが多い。櫻木婦人は〝鏡狂い〟になりましたそしてもう二度と元には戻りません!」
読点を忘れて映はまくしたてた。断末魔のように叫んだ。また罪を犯してしまった、その罪悪感と、心臓をつかまれたような痛みが映を襲う。
──もう二度と、使わないって決めたのに!
映が〝鏡狂い〟にしてしまったのはこれでふたり目だ。幼き日に、影踏みをして遊んだあの子。映の名前を呼びながら狂っていったあの子。
──なぜ、わたしはまた……。
「気持ち悪いでしょう? わたしはこうしてひとの心をもてあそぶんです永遠に!」
──ずっと、自分がきらいだった。
映は思う。こんな力を知ったときから、映は自分のことがきらいだった。ひとの心はそのひとだけのものであるべきだから。映は自分をきらい、憎み、憐れんで。そうすることで生きてきた。
──家を出て、やっと少しだけ、自分を好きになれそうだったのに。
──どうしてこうも、わたしは不幸なの?
「映、落ち着け。大丈夫だから」
「わたしは! わたしはひとであらざるべきなんです!」
──
ぱんっ、乾いた音が響いた。映は熱をもって痛む頬を押さえてうつむく。
乱歩が、映の頬を張っていた。
「いたい……」
「ひとであらざるべき者には、痛みなんて要らない。きみのその頬が痛むなら、きみはまだ生きるべきだ」
──あぁ、このひとは。
──ほんとうに。