第1章 血玉髄の櫻木
「ぁ、……わ、たし……また……」
未だおおわれている右目をかばって映は自分の体を見おろした。鏡がなん重にもなって映の右半身ををおおっている。まるで、自分の身を守るように。
櫻木婦人が言った。
「あら、あなた、どこかで見たと思ったら、鏡原の末娘じゃない! その気色悪い力、鏡原の出来損ないよね! 鏡原のお人形ちゃんが、いったいここでなにをしているのかしら?」
──やめて。
「鏡原が血眼になってあなたを探してるわよ! 大事なドールを失くして、いったい奥さんはどうするつもりなのかしら!」
──やめてよ。
「ねぇ、あなた、あたくしもお人形ちゃんがほしかったのよ! あたくしのドールになってちょうだいよ」
「ぅ、ぁ……わ、たし、は……」
──わたしはもう、誰のものにもならない。
「ねぇ、なりなさいったら!」
「い、や……いやだ……」
厚化粧が近づいてくる。ファンデーションと艶紅の匂いが間近でして、ぎょろりとした眼が映を見た。
「っ、……いや……! ぁ、か、──〝鏡地獄〟」
みるみるうちに櫻木婦人が球体の鏡におおわれた。中から婦人の叫び声が聴こえるけれど、映はこの異能力を制御する術を持たない。
「──っ! ~~~~~~!」
どんどん、と内側から鏡を砕かんとする音がする。それでも、特殊な鏡は絶対に割れない。
「……ぁ、わたし、わたし、……」
──わたしはまた、大変なことを。
球体の中からは、もうなんの音も聴こえてこない。あれだけのひとだ、もうすでに……。
「ご、めんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。わたし、わたし、……」
「落ち着け、これは貴様の異能か? 解除方法は」
「わからない……、わからないんです。ごめんなさい、ごめんなさい……」
やがて、球体の内側からくぐもった音が聴こえてきた。櫻木婦人が我を失って笑っている。映は直感し、そして言った。
「ごめんなさい。こうなってしまったら、もう、手遅れなんです……。ほんとうに、……ごめんなさい」