第1章 血玉髄の櫻木
「きょうからこちらで事務員として働かせていただきます、鏡原映です。苗字はきらいなので、ぜひ名前のほうで呼んでください。よろしくどうぞ」
にこにこと、ひと目で営業スマイルだとわかる笑顔を浮かべながら、映は頭を下げた。
〝苗字がきらい〟だと表情ひとつ変えずに言いきった映に興味をもって、太宰、与謝野、敦、谷崎、ナオミ、そして乱歩が彼女を食い入るように見つめる。その視線すらものともせず、映はにこにこと絶えず笑っていた。
入社にあたって対応した福沢と国木田だけが映のその態度を知っていた。〝理想〟に生きる国木田は顔をしかめ、福沢は微動だにせず映を見る。それでも映は笑っていた。
まるで、笑顔の鎧をまとうように。
その笑顔に圧倒されて、誰もなにも言えなかった。
「ねぇ、君さ」
沈黙を破ったのは乱歩だった。
「なんで事務員なの?」
映は驚いたようにぱちくりと目をまたたかせ、乱歩をすっと見すがめた。
──あぁ、このひとが。
「なんで、と言われましても」
なんのことやら、と映は首をすくめた。
乱歩もきらりと目を光らせて、それから言った。
「だって、君、──
──異能力者じゃん」
はぁ!? とその場の誰もが驚愕した。ただひとり、映だけが、口には出さずに驚いていた。ただ静かに。それは、乱歩を、どういう人物なのか推し測っているようにも見えた。
「僕にかかれば、こんなの異能を使うまでもないよ!」
高らかに宣言した乱歩を見やる。
──噂には聞いていたけれど。まさか、ここまでとは。
はぁ、とひと息ついて、映は笑顔を消した。そのときになってやっと、映に人間みというものが感じられた気がした。
「えぇ、そうね。白状するわ。わたしはたしかに、異能を持ってます。
それも極めて──
──狂暴な。
わたしは過去に異能のせいで痛い目を見ましたのでね。使いたくなくて、事務員を希望した。ただそれだけのことですよ」
まだなにかを隠しているな、と乱歩は直感的に思った。でも、なにも訊かなかった。