第1章 血玉髄の櫻木
「そんなことどうでもいいよ。ほら、自白したじゃん。さっさと逮捕したら?」
自らの美しい主張を〝どうでもいい〟と一蹴されて、櫻木婦人はあっけにとられていた。同じように箕浦も、そして映もぽかんと口を開けていた。
とうの乱歩はなんの悪あがきもせず自白した櫻木婦人にすっかり興味をなくしたようで、例の座り心地の悪いソファでぼふぼふと遊んでいる。
櫻木婦人はほんとうに悪いと思っていないようだ。とことん悪びれた様子がなく、いまはただ純粋に怒っている。乱歩に〝どうでもいい〟と言われたのがそうとう腹にすえかねるらしい。
「どうでもいいって……、どうでもいいってなによ! あたくしは美しいでしょう!? 美しいと言いなさい! あたくしを認めなさい! 認めなさいったら!」
──私はこうして分身を作り続ける! そうして私の美しさは永久になる! 絶対に消させないわ! 映……、あなたは私のお人形なのよ。いとしいいとしい私のドール……。
櫻木婦人は、もはや承認欲求の塊だった。いつかのあの日、映をとっかえひっかえ着せかえながら言われた言葉が甦る。ぐるぐる、ぐるぐる。こわい、こわい。目が回る。
そこにあるのはたしかな恐怖だった。映は無意識のうちに、己を守らんとする力を発動させていた。
まずは顔の右半分、恐怖に見開かれた左目はそのままに、首すじから鎖骨にかけて、枝分かれして右腕、胸もと。露出している肌という肌が、じょじょに鏡におおわれていく。
その様子を、櫻木婦人も、箕浦も、乱歩でさえ、驚いたように見つめていた。
異能は、感情の起伏に強く反応する。そして、映には、まだそれを制御できるほど異能を従属させられていなかった。
──こわい。
「あ、……か、がみ……〝鏡地獄〟──」
──ああああああ、映ちゃん、映ちゃん! なに、これ、なにこれなにこれなにこれああああああああ!!
「………も、……やだ…………」
「映! しっかりして! 映!」
すっかり冷えてしまった映の体を乱歩がさする。その呼びかけに、映は少しずつ自我を取り戻した。