第1章 血玉髄の櫻木
「へぇ? だから、──
──殺したの?」
ばっ、と音が聞こえるくらいの勢いで、映と箕浦が乱歩を見る。
いつの間にか乱歩は黒ぶちの眼鏡をかけていた。細められていたはずの目は開かれて、翡翠が顔をのぞかせていた。
──もう、推理が完成しているというの?
映も箕浦も、驚きすぎたのか声も出ていない。
櫻木婦人は使用人を見やり、彼がうなずくのを確認してからこちらに向き直った。
映はたまらずに目をそらす。その顔に浮かべられた年不相応な笑顔がどうしようもなく怖かった。
──やっぱりこのひと、似てる。
「あたくしがあのかたを殺した、ですって? ふふふ、おもしろいことをおっしゃるのね。でも、──
──そのとおりよ」
無邪気に笑ってみせてはいるのに、その声は冷たく、そして狂気じみていた。
まるで幼子のような、それでいて厚化粧の下にはなにがかくれているかわからない、おそろしい女だった。
箕浦が眉根を寄せ、使用人のハイリは表情を変えない。映だけが、えも知れぬ悪寒に身を震わせていた。
そんな中、乱歩と櫻木婦人の攻防は続いていく。
「だってあのかた、あたくしの誘いを断ったんだもの」
──そんな、理由で、ひとを……?
馬鹿げている、映は戦慄した。櫻木婦人の語ったそれは、殺人の動機にしてはあまりにも小さく、そしてあまりにもおそろしかった。
──こんな、少女のような口ぶりで……。
映は気丈な娘だ。けれど、櫻木婦人はよく似ていた。あの、映の最悪な時代を象徴する女に。昔のおそろしい記憶が、映を震えさせている。
「いままで、あたくしの誘いを断った男なんていなかったわ。あたくしは美しいもの、とうぜんよね。でも、あの男、なんと言ったと思います? 『誰が落ちぶれた家の、しかも年増と躍るかよ』ですって。はなはだおかしいわよね、櫻木の家は未だ健在で、あたくしはまだ、十九だというのに」
まくしたてるようにしゃべりきった櫻木婦人は、まだまだしゃべり足りないのか、〝仮面舞踏会にしたのがいけなかったのかしらね〟なんてつぶやいている。