第1章 血玉髄の櫻木
「あたくしが、この屋敷の主人、櫻木ですわ。以後お見知りおきを。刑事さんにお目にかかれるなんて、光栄ね」
屋敷の女主人がそれにふさわしい言葉を並べたてる。その声は低くしわがれていて、厚化粧の下の年齢を物語っていた。
「昨夜、こちらの屋敷で舞踏会が催されたそうですが、この男性を、ご存じですか。舞踏会の参加者だと思われるのですが」
手短に自己紹介を済ませて、箕浦が訪ねた。その手には先ほど撮った被害者の顔写真がにぎられていて、櫻木と名乗った女主人がそれをしげしげと見つめた。
「あら! このかた、あのかたじゃない? ねぇ、ハイリ、そうよね?」
「そうですね、奥さま」
──とても〝ハイリ〟という顔には見えないけど。あの使用人、異国の血でも混じってるのかしら?
「あのかた、というのは?」
「昨夜の舞踏会に呼ばれたかたよ。えぇっと、名前はなんといったかしら?」
「深山家のご子息かと」
「そうそう! 深山の、分家の息子だわ!」
櫻木が思い出したというように手を打った。
「ごめんなさいね、招待客の選別はすべてハイリに任せていたものだから」
歳にそぐわない無邪気な笑みを浮かべて、それでも厚化粧の下にはなにか得体の知れないものがある。映は震えた手をかくすように自分の体を抱いた。
「深山さん、ですか」
「えぇ、そうよ。分家ふぜいのくせして、見てくれだけはよかったわ」
吐き捨てるように櫻木が言う。映は昔の理不尽な叫びを思い出して寒気をかくすようにまた強く二の腕をつかんだ。
──こんなことになるなら、無理にでも断って来なければよかった。