第1章 血玉髄の櫻木
警察手帳とは便利なもので、ドアベルを聞きつけてやって来た使用人とおぼしき男は、一瞬迷惑そうな顔をしたあと、素直に大広間までとおしてくれた。
「……こちらでお待ちください」
ずいぶんと広い部屋だった。家具や小物も高そうなものばかりだったけれど、上品というよりかは、豪奢に飾っただけのような、あまり趣味がいいとは言えなかった。
「うっわ、趣味悪い」
──えええ、言っちゃうの? それ、言っちゃうの!?
さいわいにも使用人は奥へ消えたあとだったが、映は耳を疑った。常識的に考えて、それは思っても口に出さないのが鉄則ではないか。
──いや、こいつに常識なんて期待したわたしが馬鹿だった……。
若干乱歩への敬いが欠けてきた気がするけれど、そんなことはどうでもいい。常識がある、と自分では思っている映なら、思っても口に出さなければいいだけだ。
「ねーぇ、それよりお茶とかお菓子とか出してくれてもいいと思うんだけど! お菓子とかお菓子とかお菓子とか!」
──どんだけお菓子好きなの!?
「ふざけてないでおとなしくしててくださいよ!」
「僕は至極真面目だよ! これだけ大きい家なんだからさぁ、なんか豪華なケーキセットとか出てきたっておかしくないのに!」
──つまりは自分が食べたいってだけね!
「もう、とりあえず座りましょうよ! ……うっわ、なにこれ、ふかふか! しずむ!」
応接セットの白いソファに腰かけると、そのまま包みこまれるように体がしずんだ。硬いならまだいいけれど、やわらかいと座ったときに姿勢が保ちにくい。映が座ったことのあるソファとは段違いの座り心地の悪さに、映はテンションを上げた。
「なに、映だって落ちつきないじゃん」
乱歩と箕浦の視線を受けて、年がいもなくはしゃいでしまったことに映は赤面した。
──恥ずかしい……! これじゃあ乱歩さんと同じじゃない……!
「あ、でもこれ、ほんとしずむ。うわ、座り心地わっる!」
あはは、と笑いながらまるでトランポリンを跳ぶかのごとく浮きしずみを楽しむ乱歩を尻目に、映は熱くなった頬を冷ましていた。