第1章 血玉髄の櫻木
「ねぇ、映……、映? 映!」
はっ、と、映の意識は絶望のふちから現実へと浮上した。乱歩が映の碧玉をのぞきこんでいた。あわててペンダントトップから手を離す。
「屋敷やパーティー会場、ですよね。ちゃんと聞いてましたよ」
おそらく乱歩が訊きたかったのは〝聞いていたか、聞いていなかったか〟ではないけれど、それ以上の追求を拒みたくて、映は笑顔を貼りつけた。
その笑顔に乱歩は不満そうな顔をしたけれど、とりあえずはごまかせたようだ。映は笑いながら考える。この名探偵に、あまりペースを崩されてはいけない、と。
「そうと決まればさっさと行きましょう。わたしはさっさと社に帰りたいんです」
「なに言ってるの? 映はもう、事務員じゃないよ」
映は、覚悟はしていたものの、あらためて突きつけられた事実にわなないた。
──そっかぁ。もう、事務員じゃないんだぁ。わかってたよ。わかってたけど!
世の中の不条理を痛感する。けれど、こんなものの比じゃないほどの不条理を映は知っていた。その不条理のせいで堕ちていった者の末路も、おそらくは誰のせいなのかも。
──それがいやで、出てきたんだから。
「わかりましたよ。どっちでもいいんで、早く行きましょう。どのみち事件は早期解決がいちばんでしょ」
えらくものわかりのいい映が少し引っかかった乱歩だったが、それよりも事件の詳細のほうが興味の天秤をかたむかせた。
それを持つ審判は、乱歩に微笑んでいたのだろうか。